今や世界に名を轟かせる「家系ラーメン」。その源流となる「家系総本山 吉村家」の創業者である吉村実さんは、家系ラーメンの生みの親として多くのラーメンファンから敬愛されています。
しかし、彼がどのような経歴を経て、今日の成功を収めるに至ったのかはあまり知られていません。今回は、そんな吉村実さんの波乱に満ちた経歴と、家系ラーメン誕生の秘話に迫ります。
吉村実の経歴はどのようなものだったのか？
吉村実さんは1948年（昭和23年）6月、山形県で生まれました。幼少期は横浜市で育ち、中学校を卒業後は様々な職業を経験しています。
学歴については、吉村さん自身が「僕は中学校卒業だから、基本的には劣等感があった」と語っているように、中学校卒業が最終学歴となっています。当時の日本では高校進学率が上昇していた時期であり、中卒で社会に出ることに対して劣等感を抱いていたようです。
この劣等感が、後の吉村さんの原動力となります。「学生時代…生徒時代って言うのかな、そのときには負けたんだから、社会では勝ちたいなと思った」と語るように、学歴で負けた分を社会で取り返そうという強い意志を持っていました。
中学卒業後の職歴については、トラックの運転手として働いていたことが知られています。主に関東から九州間の長距離輸送を担当しており、この経験が後の家系ラーメン誕生に大きく関わることになります。
また、左官業など様々な仕事を経験したという情報もあり、若い頃から多様な職業を渡り歩いていたことがうかがえます。これらの経験が、後のラーメン店経営における多角的な視点や実践的なスキルの基盤となったのでしょう。
なぜ吉村実はラーメン店を開業することを決意したのか？
吉村実さんがラーメン店を開業しようと思ったきっかけには、いくつかの要因が絡み合っています。
最も根本的な理由として、吉村さんは「家が貧しかったから、金持ちになりたかった」と率直に語っています。経済的な成功への渇望が、ラーメン店開業の大きな動機だったことがわかります。
また、先述した学歴に対する劣等感も大きな要因でした。「大学出たやつや、優秀な職業を持ったやつ、そういう人には負けたくなかった」という言葉からは、社会的な成功を通じて自身の価値を証明したいという強い思いが感じられます。
「人生で勝てばいい、死ぬときに勝っていればいいや」という言葉には、彼の人生哲学が凝縮されています。
そして、ラーメンという具体的な業種を選んだ背景には、長距離トラックの運転手時代の経験がありました。九州では豚骨ラーメンを、関東では鶏ガラ醤油ラーメンをよく食べていた吉村さんは、ある日「九州の豚骨ラーメンと関東の鶏ガラ醤油ラーメンをブレンドしたラーメンを出してみてはどうだろうか？」というアイデアを思いつきます。
このひらめきが、後の家系ラーメン誕生につながる重要な瞬間でした。そこから吉村さんは、ラーメン店の創業を決意し、京浜トラックターミナルにあったラーメンショップで半年間働き、ラーメン店経営のノウハウを身につけていきます。
また、吉村さんの妻がラーメン好きだったことも、彼がラーメンの味を学ぶきっかけとなりました。「味が全く分からなかった。ラーメンが分からなかった。女房がラーメン好きだったんで、それで勉強させてもらったんだけど」と語っているように、妻の影響も無視できない要素でした。
吉村実はどのようにして家系ラーメンを誕生させたのか？
1974年（昭和49年）9月、吉村実さんは横浜市磯子区杉田の新杉田駅付近、国道16号に並行する磯子産業道路沿いにラーメン店「吉村家」を開店しました。約10坪の小さな店で、家賃は月8万円だったといいます。
開店当初から吉村さんは、「貧乏人と金持ちに平等なのは時間だけ」という考えのもと、他人の倍働こうと決意します。1日18時間という過酷な労働をこなし、家に帰らず店にゴザを敷いて寝るという徹底ぶりでした。この姿勢は現在も変わらず、「35歳くらいから店でゴザひいて寝てた」と語るように、プライベートと仕事の境界線があいまいな生活スタイルを続けています。
家系ラーメンの特徴的な味は、吉村さんのトラック運転手時代の経験から生まれました。九州の豚骨ラーメンと関東の鶏ガラ醤油ラーメンをブレンドするという発想が、とんこつと鶏ガラをベースにしたコク深い醤油スープという家系ラーメンの基本スタイルを確立しました。
また、酒井製麺の極太麺、鶏油、チャーシュー、ほうれん草、海苔をトッピングするという現在の家系ラーメン王道の姿も、吉村さんによって作り上げられました。特に酒井製麺との関係は深く、吉村さんは「酒井製麺さんは、私の命の恩人。酒井さんがいなかったらここまで伸びなかった」と語るほど重要なパートナーシップでした。
興味深いのは、吉村さんが最初からラーメンの味に精通していたわけではないという点です。「脱サラでしょ？味が全く分からなかった」と語るように、ラーメンの味については素人からのスタートでした。しかし、南部市場の前に店を構えていたことから、寿司屋さんや居酒屋さんの店主からアドバイスをもらうことができました。「これはこうじゃねぇの」という専門家からの助言が、吉村さんのラーメン作りの基礎となったのです。
このような経験から、吉村さんは店前に「お客様は我が味の師なり」という言葉を掲げるようになりました。これは、お客様からのフィードバックを大切にし、常に味を進化させていくという姿勢の表れでしょう。
吉村実はどのようにして成功を収めたのか？
吉村実さんの成功には、いくつかの重要な要素がありました。
まず一つ目は、圧倒的な勤勉さです。先述のように、1日18時間働き、店に寝泊まりするという生活を続けてきました。この徹底した働きぶりが、店の成功の基盤となったことは間違いありません。
二つ目は、品質へのこだわりです。吉村さんは「缶詰のスープは食べない」と明言するように、手作りの味を守り続ける姿勢を貫いています。「本当に自分のところで作ってたら、いつも一緒の味なんて有り得ねぇ」と語るように、味の変化を最小限に抑える技術の重要性を説いています。
また、材料にもこだわり、30年前から醤油は無添加のものを使用しています。「無添加は取扱いが難しいから、回転が良くて売れないとすぐにダメになっちゃう」と語るように、品質を維持するためには売上の安定も重要だと認識していました。
三つ目は、人材育成への情熱です。「家系」という名前には「家族」という意味が込められており、弟子たちにもその技術や精神を惜しみなく伝えています。「金持ちになってほしい」という思いから、必要な技術や知識を教え、多くの弟子が独立して成功を収めています。
四つ目は、ビジネス感覚の鋭さです。25年間新杉田で営業した後、1999年（平成11年）9月に横浜市西区南幸（横浜駅西口）に移転するという決断をしました。この移転により、より多くの人に家系ラーメンの味を知ってもらう機会が増え、「吉村家」の名声はさらに高まりました。
これらの要素が組み合わさり、吉村さんは家系ラーメンという一大ジャンルを確立し、世界に名を轟かせるまでに成長させたのです。
吉村実の家系ラーメンはどのように広まっていったのか？
家系ラーメンが広まっていった過程には、吉村実さんの直接的な影響と、弟子たちの活躍という二つの側面があります。
まず、吉村さん自身の店「吉村家」の成功が、家系ラーメンの知名度向上に大きく貢献しました。開店から数年で行列のできる人気店となり、その名声は徐々に広がっていきました。特に1999年の横浜駅西口への移転は、より多くの人に家系ラーメンを知ってもらう契機となりました。
しかし、家系ラーメンが全国区、さらには世界的なジャンルへと発展していった背景には、吉村さんの元で修行した弟子たちの存在が欠かせません。
1982年には荘司敏晴氏が「がんこ亭」を開店、1984年には長谷川氏が「長谷川家」を開店するなど、吉村さんの元で技術を学んだ弟子たちが次々と独立し、家系ラーメンの店を広げていきました。
1986年には横浜市中区本牧間門に2号店「本牧家」を開店し、神藤隆氏が店長を務めました。しかし、ラーメンの方針で吉村さんと対立が生じ、1988年に神藤氏は「六角家」を開店します。この時、本牧家から大勢の店員が辞めたことで、吉村さんは本牧家を一時営業停止にし、絶縁関係になったとも言われています。
このような分岐と発展を繰り返しながら、家系ラーメンの店舗は増加していきました。現在では、日本と海外合わせて2000軒もの家系ラーメン店があるとされています。
ただし、吉村さんは現在の家系ラーメンの状況に危惧を抱いています。「家系が世界に名を馳せるようになったのはウェルカムだけど、ただ、本物を出してほしい」と語るように、本来の家系ラーメンの味を守り続けることの重要性を訴えています。
「2000軒ある中で、3分の1が缶詰、3分の1はガラとかチャーシューが輸入もの、残りがまともにやっている」という現状認識からは、本物の家系ラーメンを提供する店が減少していることへの懸念が感じられます。
吉村実の現在と今後の展望はどうなっているのか？
2025年3月現在、吉村実さんは77歳になりますが、今なお現役で活躍しています。息子さんが吉村家の社長となった今も、午前5時からラーメンの仕込みを続けるなど、第一線での活動を続けています。
吉村さんは現在、家系ラーメンの本来の味を守り続けることに注力しています。「本物を出していないから吉村家があんなに（混雑）なっちゃってるんだ」と語るように、本物の味を求めて多くの人が吉村家に訪れる状況に対して、業界全体の質の向上を願っています。
また、後進の育成にも関心を持っており、「どうやったら成功するかってことを教わった。今ラーメン屋さんやっている人間は、そういうヒントがないんだよ」と語るように、自身の経験を次世代に伝えることの重要性を認識しています。
「30パーセント・・・いや、半分が当たってない」という現状認識からは、多くのラーメン店が本来あるべき姿から外れていることへの懸念が感じられます。そのため、「でもどっかで何かしなきゃだめだな、と思ってる」と語るように、業界全体の底上げに貢献したいという思いを持っています。
ただし、「僕は教えてあげようかなって最近思っているんだ」としながらも、「99パーセントが裏切る」と厳しい見方をしています。それでも、「杉田家」さんや「はじめ家」さんのように、本物の味を守り続ける店舗への信頼は厚いようです。
吉村さんの言葉には、”本物の家系ラーメンの味”を守り続けたいという強い意志が込められています。家系ラーメンの未来は今、分岐点にあるのかもしれません。吉村さんの想いがラーメンファンや”家系ラーメン”と名のつくラーメン店に届くことが、家系ラーメンの伝統を守る鍵となるでしょう。
吉村実のラーメン一問一答
ラーメンの味については、どのように考えていますか？
僕はね、缶詰のスープは食べないんだよ。一口食べたら分かるんだ。サービスエリアとかのスープは缶詰でも美味いんだけど、コクがないんだよ。本当に自分のところで作ってたら、いつも一緒の味なんて有り得ねぇ。
時間によって味が違うのもしょうがない、でもなるべくそれが少ないようにするには腕が必要なんだな。
家系ラーメンが広まった理由は何だと思いますか？
家系ラーメンは今や日本全国で2000軒もの店があるって言われてるけど、その中で本物の味を出してるのは限られてるんだよ。
2000軒ある中で、3分の1が缶詰、3分の1はガラとかチャーシューが輸入もの、残りがまともにやっている。家系が世界に名を馳せるようになったのはウェルカムだけど、本物を出してほしいんだ。
吉村さんの人生哲学を教えてください。
僕は60歳になって花が咲いたんだよ。若い頃から計画的に生きてきた。60歳を定年と考えて、それまでに借金を返すことを目標にしてた。
運は運だけじゃねぇよ。努力してんだよ。僕は運が良い方だから、福引きとかやるとハワイ旅行とか当たるんだよ。でも運だけじゃなく、努力も必要なんだ。
今後の展望についてお聞かせください。
いまの店舗は2025年までの契約だから、移転は3年後だな。一つの案として、桜木町の「ぴおシティ」がラブコールをくれている。
地下2階な。神奈川大学の新しいキャンパスもみなとみらいにできるし、近隣のお店やお客さんのことを考えると良い場所ではある。
ただな、「すみれ」さんと「一蘭」さんがあるんだよなぁ。これも俺の運命かな、ケンカはしたくないんだけどな。
僕も72だし、表に出るのは今年いっぱい。あんまりしゃしゃり出たくねぇんだ、喋ってる暇があるなら寝てた方が楽だしな。だから最後に一回、講演会でもやりたいと思っている。売れなくて困っている人がいっぱいいる。だから何かヒントになることを残したいんだ。
まとめ
家系ラーメンの生みの親である吉村実さんの経歴について詳しく見てきました。
1948年に山形県で生まれ、横浜市で育った吉村さんは、中学校卒業後、トラックの運転手や左官業など様々な職業を経験しました。学歴に対する劣等感と経済的成功への渇望が原動力となり、1974年に横浜市磯子区杉田に「吉村家」を開店します。
トラック運転手時代に九州の豚骨ラーメンと関東の鶏ガラ醤油ラーメンを食べた経験から、両者をブレンドするというアイデアが生まれ、家系ラーメンの基本スタイルが確立されました。1日18時間働き、店に寝泊まりするという徹底した勤勉さと、品質へのこだわり、人材育成への情熱、鋭いビジネス感覚が、吉村さんの成功の要因となりました。
1999年には横浜駅西口に移転し、さらに多くの人に家系ラーメンの味を知ってもらう機会が増えました。また、吉村さんの元で修行した弟子たちが次々と独立し、家系ラーメンの店を広げていったことで、現在では日本と海外合わせて2000軒もの家系ラーメン店が存在するまでになりました。
現在77歳となった吉村さんは、今なお第一線で活躍し、家系ラーメンの本来の味を守り続けることに注力しています。本物の味を求めて多くの人が吉村家に訪れる状況です。
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