日本のロックシーンにおいて、音楽と文学、そしてテクノロジーを融合させた唯一無二のスタイルを確立したサカナクション。 その中心人物である山口一郎さんは、今でこそ「音楽界の異端児」として知られていますが、若い頃は一体どんな少年だったのでしょうか。
「小樽」「文学」「釣り」「苦悩」……。 彼のルーツを掘り下げていくと、今のサカナクションの世界観に直結するエピソードが次々と出てきます。 今回は「山口一郎若い頃」というキーワードを軸に、北海道・小樽で過ごした少年時代から、バンド結成前夜の知られざる葛藤までを、ファン目線でたっぷりと語っていきます。
山口一郎さんは小樽の喫茶店でどんな音楽と出会ったのか?
山口一郎さんの原点を語る上で欠かせないのが、実家である北海道小樽市の喫茶店「メリーゴーランド」の存在です。 1980年9月、小樽市で生まれた彼は、両親が営むこの喫茶店で、物心ついた頃から多種多様なカルチャーのシャワーを浴びて育ちました。
店内には常にフォークソングやシャンソンが流れ、時には友部正人さんのようなプロのフォークシンガーがライブを行うこともあったそうです。 まだ小さな一郎少年が、カウンターの隅で大人の音楽や会話に耳を傾けている姿を想像すると、なんともエモいですよね。
父親の影響でクラシックギターを触り始め、フォークソングの洗礼を受けたことが、彼の音楽の土台となりました。 サカナクションの楽曲に、どこか懐かしく、土臭いフォークの匂いが漂っているのは、この喫茶店での原体験が色濃く残っているからに他なりません。 彼は「音楽よりも先に文学だった」と語るほど本好きでもありましたが、その感性を育んだのも、この文化的な実家の空間だったのです。
文学少年・山口一郎はどんな本を読んでいたのか?
中学時代の山口一郎さんは、野球部に所属しながらも、自宅では貪るように本を読む「文学少年」でした。 小樽市立西陵中学校に通っていた彼は、太宰治や石川啄木、寺山修司といった日本の近代文学に深く傾倒していきます。
特に影響を受けたと言われているのが、言葉のリズムや響きを重視する詩の世界です。 サカナクションの歌詞に見られる「夜」「月」「魚」といった象徴的なワードや、独特の譜割りは、この時期に読み漁った文学作品からインスパイアされたものが多いと言われています。
高校は札幌第一高等学校に進学し、偏差値68という進学校に通っていたことからも、地頭の良さが伺えます。 しかし、彼の頭の中は受験勉強よりも「言葉と音楽で何かを表現したい」という欲求でいっぱいだったのでしょう。 俳句や短歌にも親しみ、言葉を削ぎ落として情景を描く訓練を無意識のうちに積んでいたことが、後の作詞活動に大きな影響を与えています。
高校時代のバンド「ダッチマン」とは何だったのか?
高校時代、山口一郎さんは同級生であり、現在のサカナクションのギタリストでもある岩寺基晴さんと共に、前身バンドとなる「ダッチマン」を結成します。 このバンドは、イギリスのロックバンドのようなUKロックや、日本のフォークを融合させたスタイルで、札幌のライブハウスシーンでは知る人ぞ知る存在でした。
当時17歳だった山口一郎さんは、レコード会社ビクターの育成枠に選ばれるなど、早熟な才能を発揮していました。 しかし、当時の彼は「音楽で食べていく」という覚悟と、「本当に自分のやりたい音楽はこれなのか?」という迷いの間で揺れ動いていたようです。
ダッチマン時代の楽曲は、今のサカナクションのようなダンスミュージック要素は少なく、もっと直球のロックや歌モノが中心でした。 それでも、彼の書くメロディの美しさと、心に棘のように刺さる歌詞の鋭さは、当時から際立っていたと、当時のライブを見ていた人たちは語ります。
なぜ大学に進学せず音楽の道を選んだのか?
進学校に通っていた山口一郎さんですが、高校卒業後は大学に進学せず、音楽一本で生きていく道を選びます。 しかし、そこからの道のりは決して順風満帆ではありませんでした。
札幌のクラブやライブハウスに入り浸り、DJカルチャーやテクノミュージックと出会ったことで、彼の音楽観は大きく揺さぶられます。 「ロックバンドのフォーマットで、クラブミュージックの高揚感を作れないか?」 この実験的なアイデアが、後のサカナクションのスタイルへと繋がっていくのですが、当時はまだ誰も理解してくれない孤独な模索の時期でした。
一時はミュージシャンになることを諦め、カメラマンになろうかと考えた時期もあったそうです。 それでも音楽にしがみつき、夜の小樽運河を一人で歩きながら、歌詞を書き留め、メロディを紡ぎ出し続けました。 この「何者にもなれない焦燥感」と「夜の孤独」こそが、サカナクション初期の名曲『三日月サンセット』や『白波トップウォーター』を生み出す原動力となったのです。
サカナクション結成前夜、山口一郎は何を思っていたのか?
ダッチマンの解散を経て、2005年に「サカナクション」を結成。 バンド名は「魚」と「アクション」を組み合わせた造語ですが、これには「変化を恐れずに新しい動きを作っていく」という決意が込められています。
結成当時のメンバーは、今の5人とは少し形が違いましたが、山口一郎さんのビジョンに共鳴した草刈愛美さん(ベース)、江島啓一さん(ドラム)らが加わり、最強の布陣が完成していきます。 札幌のインディーズシーンで着実にファンを増やしていった彼らは、2007年にアルバム『GO TO THE FUTURE』でメジャーデビューを果たします。
上京直前の山口一郎さんは、故郷である北海道を離れることに大きな不安と期待を抱いていました。 「東京という巨大な海で、自分たちの音楽は通用するのか?」 そんなヒリヒリするような緊張感が、初期の楽曲の疾走感や切なさに表れているように感じます。
まとめ
「山口一郎若い頃」のエピソードを振り返ると、彼が単なる天才肌のミュージシャンではなく、文学と音楽の間で悩み、地方都市の閉塞感ともがきながら、独自のスタイルを築き上げてきた努力の人であることが分かります。
- 小樽の喫茶店で浴びたフォークソングと大人の文化
- 中学・高校時代に培った文学への深い造詣
- ダッチマン時代の挫折と、クラブカルチャーとの衝撃的な出会い
- 何者かになりたくて必死だった、札幌の夜の孤独
これら全ての経験が、今のサカナクションの多層的な音楽世界を作っています。 もし彼が、順風満帆なエリート音楽人生を歩んでいたら、あんなにも人の弱さに寄り添う歌詞は書けなかったかもしれません。
若い頃の山口一郎さんが、小樽の海を見つめながら抱えていた「孤独」や「渇望」。 それが今、何万人ものリスナーを熱狂させるエネルギーに変わっていると思うと、改めて彼の音楽が愛おしくなりませんか? 次にサカナクションの曲を聴くときは、ぜひその背後に広がる、一人の文学少年の物語にも思いを馳せてみてください。


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